ケータイ辞書JLogosロゴ 市宿町(近世)


埼玉県>岩槻市

江戸期〜明治6年の町名県東部,綾瀬【あやせ】川と元荒川の間の岩槻台地中央部に位置する埼玉郡岩槻【いわつき】領のうち岩槻藩領検地は明暦2年岩槻宿のうちで,岩槻城下9町の1つ久保町の西にある町高は安政5年の御年貢寄によれば546石余,ほかに藍瓶役鐚148文町の規模は5町12間弘化4年の家数171軒・人数776町の西部に市宿口があり,通称を小切所【こせきしよ】と呼び,常時番士が置かれた旧家は勝田氏を称する九郎左衛門家で,先祖はかつて太田氏資・氏房に仕えたという町内を通過する日光御成街道の中央に牛頭天王社があり,市の守護神として人々の崇拝を集めている神社はほかに清滝権現社など寺院は曹洞宗芳林寺,新義真言宗弥勒寺・同西光寺明治4年埼玉県に所属同6年久保宿町ほかと合併して岩槻町となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285474
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ