ケータイ辞書JLogosロゴ 今泉村(近世)


埼玉県>羽生市

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡羽生【はにう】領のうち。古くは葛浜郷太田荘に属したという。寛永8年7〜8月の検地帳では「武州騎西之郡羽生之内今泉村」と見える。はじめ幕府領,万治元年幕府領と旗本鈴木・江原・小林・大沢・上田・大岡・瀬名・本間氏の相給,享保5年幕府領の一部は旗本朝夷・細田氏の相給となり,寛保2年朝夷氏知行分は旗本土岐・能勢・目賀田氏の相給となる。さらに明和7年幕府領の一部は川越【かわごえ】藩領となるが,天保元年忍【おし】藩領となる。検地は寛永8年。万治年間に前原村を分村したと思われる。村高は「田園簿」では700石余,「元禄郷帳」では621石余,「天保郷帳」では605石余。村の規模は東西11町・南北14町。化政期の家数96軒。稲子用水を利用。名主は斎藤家で,戦国期の当主斎藤民部少輔盛秋は上杉謙信に仕え,のち当村に土着,盛秋の長男が当村の名主,次男の喜右衛門は寛永年間から今泉新田(のち喜右衛門新田)を開発して独立。同家には寛永8年7〜8月の検地帳7冊が現存。神社は八幡社・熊野社,寺院は曹洞宗鷲泉山長光寺。同寺は慶安2年徳川家から寺領20石余を拝領し,歴代将軍家の寺領安堵状を所蔵。明治4年埼玉県に所属。同6年長光寺に今泉学校(公立小学校)開校,生徒教97。同8年前原村を合併。同9年の戸数166・人口890,馬36,水害予備船8。物産は米・麦・大豆・小豆・アワ・ソバ・青縞など,ことに青縞は2,500反を産した。余剰の米麦は羽生町,青縞は加須【かぞ】町へ出荷。同12年北埼玉郡に所属。同22年井泉【いいずみ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285546
最終更新日:2009-03-01




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