ケータイ辞書JLogosロゴ 大内沢村(近世)


埼玉県>東秩父村

 江戸期〜明治22年の村名。秩父【ちちぶ】郡のうち。古くは玉川領武光【たけみつ】荘に属したという。はじめ幕府領,明和元年からは旗本古田氏の知行。検地は寛文8年。村高は「田園簿」で112石余,うち田29石余・畑82石余,「元禄郷帳」204石余,「天保郷帳」206石余。村の規模は東西25町・南北24町。化成期の家数105軒。用水は大内沢川に堰を設けて取水,しばしば日損の被害を受けた。村内を上野【こうずけ】国(群馬県)への小径が通る。鎮守は金剛童子社・第六天社。寺院は曹洞宗高円寺・臨済宗正善寺。高札場は村の北部の小名井戸。小名は居養・堂平・白石・上ノ皆戸・峰・井戸。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数91・人口158,馬48。物産は山鳥・雉子・兎・繭・桑・生糸・絹・コウゾ・薪・椚炭・材木など。明治11年西小学校大内沢分校開設。同12年秩父郡に所属。同22年槻川村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285809
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ