ケータイ辞書JLogosロゴ 太田袋村(近世)


埼玉県>久喜市

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡百間【もんま】領のうち。古くは太田荘に属したという。はじめ幕府領,正保年間には岩槻【いわつき】藩領,のち幕府領,その後一橋家領と旗本森氏の知行。検地は寛永5年。村高は「田園簿」で252石余,うち田112石余・畑139石余,「元禄郷帳」327石余,「天保郷帳」372石余。村の規模は東西11町・南北5町余。化政期の家数50軒。用水は笠原用水を使用。鎮守は諏訪社。神社はほかに浅間社。寺院は新義真言宗普門院・同宗諏訪院など。高札場は2か所。小名は地蔵新田。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数65・人口362,馬14,荷車1。物産は米・大麦・小麦・大豆など,米麦を岩槻町・桶川【おけがわ】宿辺に出荷。飛地が下早見村にある。同12年南埼玉郡に所属。同22年江面【えづら】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7285912
最終更新日:2009-03-01




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