ケータイ辞書JLogosロゴ 奥沢村(近世)


埼玉県>東秩父村

 江戸期〜明治22年の村名。秩父【ちちぶ】郡のうち。古くは大河原【おおかわら】郷玉川領武光【たけみつ】荘に属したという。はじめ幕府領,元文5年からは旗本深津氏の知行。検地は寛文8年,新田検地は享保8年・明和3年。村高は「田園簿」で86石余,うち田29石余・畑56石余,ほかに紙舟役1貫200文,「元禄郷帳」143石余,「天保郷帳」144石余。村の規模は東西14町余・南北10町弱。化政期の家数73軒。用水は槻川に堰を設けて取水。槻川の川岸には楮晒小屋が点在。物産は紙・生絹。鎮守は熊野社,神社はほかに妙見社・天王社。寺院は熊野社別当寺の本山派修験大行院・曹洞宗深沢寺。高札場は村の中央。小名は形瀬・半場・別所など。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数70・人口380,馬24。物産は鶏・雑魚・鰻・繭・蚕卵紙・障子紙・半紙・清酒など。明治12年秩父郡に所属。同22年大河原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286126
最終更新日:2009-03-01




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