ケータイ辞書JLogosロゴ 小前田新田村(近世)


埼玉県>花園町

江戸期の新田村名県北部,荒川中流左岸の櫛挽【くしびき】台地の河岸段丘上に位置する榛沢【はんざわ】郡鉢形【はちがた】領のうち古くは藤田郷萱苅荘に属したという「新編武蔵」に「小前田新田村は鉢形繁栄の頃迄は芝地なりしに慶長年中」町田土佐守秀房らが「開発せしが未一村とならで本村に属せし由,元禄の頃始て新田の名を載せ」とある地名の初見は明暦元年8月27日,伊奈半左衛門が町田小七郎に宛てた文書「免除之事」に「武州鉢形廻榛沢郡小前田新田開発ニ付,元屋敷一ケ所持高三貫百七十文の地課役免除」とあり(町田家文書),村として独立以前のものである寛文12年4月の文書「櫛引【くしびき】野入合之事」は「馬草場ニ付小前田新田村并原宿村致相論」(持田家文書)と,すでに新田村の成立を示しているはじめ幕府領,のち享保17年上総久留里藩領となる「天保郷帳」による村高は158石余慶長年中の新田開発と同時に,中山道熊谷【くまがや】宿から秩父【ちちぶ】への秩父往還が新設され沿道に小前田宿が設定された江戸板橋から上野筋への中山道脇往還とも交差するため,定詰人足5人・馬2匹が名主・問屋を兼帯した町田家に置かれた宿並みに人家が集中するようになり上・中・下の3宿に分かれた幕末期に小前田村と合併→小前田
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286213
最終更新日:2009-03-01




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