ケータイ辞書JLogosロゴ 折原村(近世)


埼玉県>寄居町

 江戸期〜明治22年の村名。男衾【おぶすま】郡鉢形【はちがた】領のうち。古くは折原郷数釜荘に属したという。天正20年3月の大久保長安・伊奈忠次知行宛行状に「九百弐拾五石六斗八升五合 折原の郷」と見え,当村が折原郷とよばれ,甲斐(山梨県)武川【むかわ】衆に宛行われた。のち旗本日下部氏,次いで幕府領,延宝元年旗本加賀爪氏の知行,享保元年清水家領,寛保2年からは幕府領。検地は慶長5年・寛文11年・延享5年。村高は「田園簿」で471石余,うち田34石余・畑436石余,「元禄郷帳」717石余,「天保郷帳」1,008石余。村の規模は東西30町余・南北22町余。村内を秩父往還が通り,化政期の家数170軒余。文政4年の組合村構成では寄居【よりい】寄場組合に属す。小名には上郷組・下郷組・秋山組など。村の北を荒川が流れ,冬の渇水期には対岸の寄居村との間に仮橋を設け,子持瀬の渡しと呼んでいた。鎮守は聖天社と白髭社,神社はほかに6社。寺院は新義真言宗法雲山常光寺・同延命寺・同西林寺・同観音寺・曹洞宗愛宕山広沢寺・同光善寺。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数173・人口817,馬52,水車船3・人渡船2。物産は米・麦・繭・アワ・大豆・小豆・タマネギ・ゴボウ・木綿・絹・生糸など。同12年男衾郡に所属。同22年折原村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286231
最終更新日:2009-03-01




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