ケータイ辞書JLogosロゴ 上内野郷(中世)


埼玉県>さいたま市

 室町期に見える郷名。足立【あだち】郡のうち。応永29年閏10月7日の足利持氏判物に「武蔵国足立郡上内野郷内清河寺事,可為祈願所之状,如件」と見えるのが初見。謙倉公方足利持氏の祈願所となり,同年11月21日の足利持氏寄進状によると,長井駿河三郎実基が上内野郷の内,田1町2反と在家1宇の敷地を,その伯父紹旭蔵主が上内野郷の内,田1町2反と佐地川【さじかわ】の在家1宇を清河寺へ寄進,持氏はその下地を清河寺雑掌に沙汰付するよう命じている。(清河寺文書/埼中)。戦国期には「内野清河寺」とあり「上内野郷」は見えないが,近世初頭には内野本郷・上内野村・下内野村・清河寺村に分村。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286469
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ