ケータイ辞書JLogosロゴ 上種足(近代)


埼玉県>騎西町

 明治22年〜現在の大字名。はじめ種足村,昭和18年騎西町,同21年種足村,同29年からは騎西町の現行大字。人口は明治22年1,292・昭和45年1,355。明治43年の洪水では,多くの家屋が床上浸水の被害を受けた。明治40年〜大正2年八幡社・稲荷社などを中種足の雷神社に合祀。大正6〜8年耕地整理実施。同12年夏電灯点火。昭和38〜40年土地改良事業実施。これにより大塚耕地の愛宕山(高さ7〜8m・面積400坪,塚上に愛宕社,水害の際馬を避難させたという)を撤去,小沼の埋立てに使用した。のち跡地に野菜・梨の出荷所が設置された。第2次大戦後急速に梨の栽培が盛んになる。大正8年一部を笠原村へ,昭和36年一部を川里村へ編入。また同42年,大字中種足の一部を当地に編入。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286584
最終更新日:2009-03-01




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