ケータイ辞書JLogosロゴ 上羽生(近代)


埼玉県>羽生市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ羽生町,昭和29年からは羽生市の現行大字。明治27年5月組合立羽生高等小学校校舎建設(大正9年廃止)。同29年羽生警察分署庁舎新設(大正15年羽生警察署と改称)。同36年東武鉄道羽生駅が開業。大正8年組合立羽生高等小学校の校舎の一部を借用し,羽生農業学校を設置(組合立乙種農学校,のちの羽生実業高校)。同10年羽生〜行田【ぎようだ】間に北武軽便鉄道が敷設された。同11年同鉄道は秩父鉄道と合併,同年行田〜熊谷【くまがや】間が開通。昭和3年建福寺内に私立幼稚園開園(同17年町立幼稚園)。なお同寺境内には田山花袋「田舎教師」のモデル小林秀三の墓がある。同2年羽生〜鴻巣間,同4年羽生〜行田間,羽生〜栗橋間(大越経由)に定期バス開通。同34年上水道給水開始。同35年消防署設置。同36年集中豪雨により床上浸水82世帯,床下浸水547世帯の被害を受けた(被害数は大字羽生を含む)。昭和42年一部が中央1〜5丁目・西1〜3丁目・南1〜4丁目の各一部となる。同51年一部が西4〜5丁目の一部となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286640
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ