ケータイ辞書JLogosロゴ 上早見村(近世)


埼玉県>久喜市

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡騎西【きさい】領のうち。古くは太田荘に属したという。はじめ幕府領,正保年間には川越【かわごえ】藩領,元禄年間には幕府領,のち一部が旗本三宅・森川・松平3氏の相給となる。幕府領は天明年間久喜【くき】藩領となり,寛政10年再び幕府領,同12年蝦夷【えぞ】地松前藩領,享和年間には幕府領,文化6年からは旗本平岡氏の知行となる。検地は正保4年。元和7年9月14日の地詰帳には「武州騎西領上早見村」と見える(野房文書)。村高は「田園簿」では485石余,うち田199石余・畑285石余,「元禄郷帳」521石余,「天保郷帳」521石余。村の規模は東西6町・南北10町余。化政期の家数60軒。用水は新川を使用。神社は千勝社・浅間社・十二社権現社・天神社など。寺院は新義真言宗歓喜院・同金勝寺。高札場は4か所。小名は本村・新田・新堀。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数68・人口386,馬22,荷車1。物産は米・大麦・小麦・大豆など,米麦は久喜町・岩槻【いわつき】町・桶川【おけがわ】宿辺へ出荷。同12年南埼玉郡に所属。同22年久喜町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286641
最終更新日:2009-03-01




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