ケータイ辞書JLogosロゴ 上藤井村(近世)


埼玉県>羽生市

江戸期〜明治5年の村名県北東部,利根【とね】川中流右岸に位置する埼玉郡羽生【はにう】領のうち古くは葛浜郷太田荘に属したという元禄年間に藤井村が上・下に分村して成立宝永2年常陸下妻藩領,宝暦13年下総佐倉藩領,慶応3年からは幕府領村高は「天保郷帳」で1,425石余,以後変わらず鎮守は香取社寺院は曹洞宗大鷲山源長寺同寺は開基が戦国期羽生城主の木戸忠朝で,羽生落城の天正3年に焼失し,再興したと伝え,元亀2年2月26日の武田家禁制や天正19年羽生城主大久保氏臣の不得道可書状などを所持し,慶安元年寺領20石を徳川家から拝領明治4年埼玉県に所属同5年藤井村上組と改称,下組を下藤井村に合併現在の羽生市藤井上組のあたり
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286663
最終更新日:2009-03-01




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