ケータイ辞書JLogosロゴ 上谷村(近世)


埼玉県>越生町

 江戸期〜明治22年の村名。入間郡のうち。越生【おごせ】郷16か村の1つ。古くは越生郷堀江【ほりえ】荘に,一説には玉川領に属したという。元禄15年村内を上分と下分に分けた。はじめ幕府領,元禄15年から旗本長沢氏知行,のち幕府領。上分は安永9年川越藩領,天保14年幕府領,嘉永元年川越藩領,幕末には上野前橋藩領,下分は安永9年旗本雨宮氏の知行,幕末には幕府領。村高は「田園簿」には上谷戸村として130石余,「元禄郷帳」では222石余,「天保郷帳」では237石余。村の規模は東西22町・南北12町。化政期の家数は上分31軒・下分39軒,計70軒。鎮守は八幡社,ほかに三島社・稲荷社など。寺院は新義真言宗常願寺。高札場は村の東と中央の2か所。小名は鎌倉畑・精進場・小溝坂など。明治5年上分・下分が合併して上谷村に復した。同9年埼玉県に所属。同年の戸数61・人口353,馬21,荷車2。物産は米・大麦・ミカン・梅・炭・薪。同12年入間郡に所属。同22年梅園【うめその】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286702
最終更新日:2009-03-01




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