ケータイ辞書JLogosロゴ 上吉田村(近世)


埼玉県>吉田町

 江戸期〜明治22年の村名。秩父郡のうち。古くは矢畑【やばた】荘に属したという。幕府領。現在吉田町の山口家には,上吉田郷のものと推定される江戸初期辰9月17日年貢割付状と慶長11年6月の御坪入帳が現存。村高は,「田園簿」では785石余,「元禄郷帳」では777石余,「天保郷帳」では779石余,「旧高旧領」では782石余。村の規模は東西1里半余・南北30町余。田がほとんどない山村であった。化政期の家数395軒。農業用水は小名久形で吉田川より引いた水路を利用。村内には幕府御用林2か所があった。神社は鎮守地神社・熊野社・諏訪社など。寺院は曹洞宗東陽寺・同竜泉寺,新義真言宗万福寺・同正福寺など。高札場は村の中央・北・西の3か所。小名は石間戸【いさまど】・大棚部【おおたなぶ】・宮戸など。明治初年村内の万福寺・正福寺に小学校開設,生徒数はそれぞれ35・26。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数331・人口1,576,馬81。物産はマツタケ・生糸・生絹・炭。明治12年秩父郡に所属。同22年上吉田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286718
最終更新日:2009-03-01




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