ケータイ辞書JLogosロゴ 柄山村(近世)


埼玉県>伊奈町

江戸期〜明治8年の村名県東部,綾瀬【あやせ】川右岸の大宮台地上に位置する足立【あだち】郡小室領のうち古くは小室郷に属したという河良山とも書いたが「田園簿」では我良山とあり,「元禄郷帳」以降は柄山とある小室郷8か村の1つで,小室郷柄山村ともいう天正18年関東郡代伊奈氏の知行,元和5年からは旗本伊奈氏の知行検地は明暦2年村高は「田園簿」で51石余,うち田24石余・畑27石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに51石余村の規模は東西3町・南北2町余化政期の家数19軒助郷は中山道上尾【あげお】宿に出役(田中文書)鎮守は本村の氷川社,神社は稲荷社・神明社高札場は小室宿村字宿にあるものを兼用小名はセツタイ・前山・クホ山・下ノ谷島など明治4年埼玉県に所属同8年小貝戸村ほか6か村と合併して小室村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286768
最終更新日:2009-03-01




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