ケータイ辞書JLogosロゴ 川富村(近世)


埼玉県>吉川市

 江戸期〜明治22年の村名。葛飾【かつしか】郡二郷半領のうち。古くは下河辺【しもこうべ】荘に属したという。幕府領。村高は,「田園簿」では158石余,うち田125石余・畑32石余,「元禄郷帳」では171石余で,以後変わらず。村の規模は東西13町余・南北1町半。化政期の家数12軒。用水は葛西【かさい】用水を利用。鎮守は熊野社,他に神社は稲荷社。寺院は新義真言宗円竜院。高札場は村の南で,小名には堤外・堤内がある。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数14・人口65,馬3,荷船2・川下小船2・水害予備船4・耕作船3。物産は米・大麦。明治12年北葛飾郡に所属。同22年吉川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7286827
最終更新日:2009-03-01




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