ケータイ辞書JLogosロゴ 久下郷(中世)


埼玉県>加須市

 戦国期に見える郷村名。埼玉郡のうち。初見は天正15年11月2日の北条氏照印判状で,「久下之郷御検地之増」とあり,小山衆川面監物以下8名の久下郷にある給田を検地し,その増分を書き上げ,11月15日までに栗橋御蔵へ納めるよう代官金子左京亮に命じている(広瀬文書)。また同年11月3日の北条氏照印判状では,久下郷の年貢は66貫520文であったが,この年27貫文が増分として加えられ,11月15日までに栗橋御蔵へ納めるよう命じており,この年,久下郷全体に小田原北条氏が検地を行ったことがわかる(同前)。同日の北条氏照印判状には「四間 久下」とあり,栗橋の普請のうち4間が当地に割当てられており,当郷が小山衆の給地であっても久下郷に宛てられたものなので,13日から普請に参加するよう代官金子左京亮と百姓中に命じている(同前)。また,年未詳5月3日の鷲宮神領書上には「拾六貫文 本郷栗橋領 久下郷之内 此物成七貫文」とあり,鷲宮神社領であったことがわかる(平塚文書)。また天正18年6月5日の小田原北条氏印判状では鷲宮神領として「拾弐貫七百文 久下之内」が安堵されている(鷲宮神社文書)。なお大里郡(現熊谷【くまがや】市)にも久下郷が存在し,両者の区別は困難であるが,以上は栗橋・鷲宮との関係から本郷を指すものと思われる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287023
最終更新日:2009-03-01




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