ケータイ辞書JLogosロゴ 葛梅村(近世)


埼玉県>鷲宮町

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡騎西【きさい】領のうち。古くは太田荘に属したという。はじめ上内村のうちで,「田園簿」には記載なく,正保4年の検地帳に「上内村新田葛梅村」と見え,正保年間に分村したと思われる。はじめ川越【かわごえ】藩領,元禄11年から旗本白井氏・杉浦武兵衛・杉浦酒之丞・柴田氏の相給。宝永元年幕府領,享保17年黒田氏知行,のち半分は松平喜八郎知行となり,宝暦元年全村上総久留里藩領。検地は正保4年。村高は「元禄郷帳」303石余で,以後変わらず。化政期の家数37軒。用水は新川を利用。小名に七曲がある。古くは利根川分流地点に当たり,化政期には5反余の地があったという。鎮守は稲荷社,寺院は新義真言宗宝地山福寿院・羽黒山の修験日照山明光寺。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数43・人口231,馬10。物産は米・麦のほかアワ・大豆・白木綿・木綿縞などで,残りは菖蒲【しようぶ】町へ出荷。飛地が上内村に1か所。同12年南埼玉郡に所属。同22年鷲宮【わしみや】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287054
最終更新日:2009-03-01




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