ケータイ辞書JLogosロゴ 屈巣村新田(近世)


埼玉県>川里村

江戸期〜明治7年の新田村名県北東部,元荒川左岸に位置する埼玉郡のうち享保13年屈巣村の東の屈巣沼を開墾し,屈巣村新田・上会下【かみえげ】村新田・郷地新田が成立屈巣村新田は屈巣沼新田とも称したのち,上会下村新田・郷地新田も屈巣村持となり,屈巣沼請と称したはじめ幕府領,川越【かわごえ】藩領,天保13年からは旗本白須氏の知行,屈巣沼請の上会下村・郷地新田は幕府領検地は享保16年村高は「天保郷帳」では3新田を合わせて272石余,「旧高旧領」では別記され,屈巣村新田221石余,郷地新田として7石余,上会下村新田として71石余明治4年埼玉県に所属,同7年屈巣村新田・郷地新田・上会下村新田は屈巣村に合併現在の川里村大字屈巣の南東部あたり
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287065
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ