ケータイ辞書JLogosロゴ 倉田村(近世)


埼玉県>桶川市

 江戸期〜明治22年の村名。足立【あだち】郡のうち。はじめ幕府領,寛永16年岩槻【いわつき】藩領。元禄11年幕府領を経て旗本中山氏の知行。天正19年6月6日の徳川家康の代官伊奈忠次手形(明星院文書/埼中)では伊奈氏が寺社領政策の一端として小田原北条氏時代に勢力のあった無量寿院「閼井坊屋敷」に陣屋を移したこと,文書発給時には倉田明星院付近の「なわ入」すなわち検地が完了していたことがわかる。村高は「田園簿」157石余,うち田33石余・畑123石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに181石余。村の規模は東西5町・南北14町。化政期の家数40軒。天水を用水として利用,旱損の害に悩む。高札場は村の東部。鎮守は氷川社。寺院は新義真言宗の御室仁和寺(京都市)末寺の明星寺で,天正19年11月「足立郡蔵田之内」において寺領10石の寄進を徳川家康より受ける(明星院文書/埼中)。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数44・人口209,馬12,荷車4。物産は米・大麦・小麦・甘藷など。明治12年北足立郡に所属。同22年加納村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287128
最終更新日:2009-03-01




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