ケータイ辞書JLogosロゴ 黒山村(近世)


埼玉県>越生町

 江戸期〜明治22年の村名。入間【いるま】郡のうち。越生郷16か村の1つ。古くは越生郷堀江【ほりえ】荘に属したという。はじめ幕府領,元禄11年から旗本島田氏の知行,元文元年から幕府領,寛政元年から旗本島田氏の知行,幕末には幕府領。毛呂山町の相馬家に現存する山本坊分御検地帳には黒山之郷と見え,また越生町の柴崎家には同年月日の黒山之郷内山本坊分付御持地帳が現存する。村高は「田園簿」では127石余,うち田21石余・畑106石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに277石余,ほかに,慶安2年からは熊野社領3石があった。村の規模は東西33町余・南北28町余。化政期の家数87軒。水利は村内の男滝・女滝の滝壺を利用。吾野【あがの】村中沢(現飯能【はんのう】市)の八王寺に慶長16年銘の懸仏があり,銘文に「奉寄進,武州入西之郡越生郷墨(黒)山村諸旦那」とある(銘記集)。神社は熊野社・天王社など。寺院は曹洞宗全東院・本山派修験覚浄院など。高札場は村の中央に1か所。明治6年梅園南小学校分校開設。同9年埼玉県に所属。同年の戸数68・人口332,牛2・馬12,荷車1。物産は生絹・製茶・ミカン・木炭・杉椹板・材木など。同12年入間郡に所属。同22年梅園【うめその】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287177
最終更新日:2009-03-01




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