ケータイ辞書JLogosロゴ 国納村(近世)


埼玉県>宮代町

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡百間【もんま】領のうち。古くは太田荘に属したという。はじめ幕府領,元禄5年からは旗本森川・戸田・高木氏の相給。検地は元禄8年。村高は「田園簿」で305石余,うち田158石余・畑146石余,「元禄郷帳」181石余,以後変わらず。村の規模は東西5町・南北10町余。村内を日光御成街道が通る。化政期の家数55軒。江戸初期に和戸【わど】村を分村。高札場は3か所。用水の備前堀川が村の中央を流れ国納橋が架かる。鎮守は雷電社,神社はほかに3社。寺院は新義真言宗華蔵院。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数58・人口285,馬14,耕作船3。物産は米・麦・大豆・小豆・清酒など。同12年南埼玉郡に所属。同22年須賀村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287258
最終更新日:2009-03-01




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