ケータイ辞書JLogosロゴ 駒形村(近世)


埼玉県>入間市

江戸期〜明治元年の村名県南部,不老【としとらず】川流域の狭山【さやま】丘陵に位置する地名の由来は村の鎮守駒形明神による(新編武蔵)入間【いるま】郡山口領のうち慶安年間頃,宮寺町が11か村に分村して成立郷帳類には「宮寺 駒形村」と見える旗本大田氏の知行検地は寛永2年村高は「元禄郷帳」で47石余,「天保郷帳」35石村の規模は東西3町・南北7町余化政期の家数28軒耕地は陸田のみ元禄年間以降西隣の富士山村とともに,所沢街道・日光街道を中心に商業活動が盛んとなる明和5年の「大田氏領宗門人別帳」によると,戸数27・雇人3・馬16で,文化元年には,戸数27・雇人6・馬16であった(瑞穂町史)南の多摩郡箱根ケ崎村(東京都瑞穂【みずほ】町)から,日光裏街道が地内西縁を北上し二本木に至る鎮守は駒形明神社末社には白山権現社・牛頭天神社高札場は村の中央部小名は篠のうしろ・上屋ふち・上の台など明治元年富士山村と合併して駒形富士山村となる現在の東京都瑞穂町大字駒形富士山・入間市大字駒形富士山のうち
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287373
最終更新日:2009-03-01




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