ケータイ辞書JLogosロゴ 下新田(近世)


埼玉県>羽生市

 江戸期〜明治22年の新田村名。埼玉郡忍【おし】領のうち。古くは太田荘に属したという。元禄9年の忍藩主阿部豊後守の検地時に上新郷より分村。忍藩領。村高は「元禄郷帳」で690石余,「天保郷帳」では上新郷新田枝郷下新田と見え723石余,「旧高旧領」723石余。用水は会ノ川を使用。化政期の家数60軒。高札場は村の南。鎮守は湯殿権現社,寺院は浄土宗の永正山真光院栄新寺・天宗寺。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数67・人口407,馬15。物産は米・麦・大豆・小豆・粟・ソバ・綿・白木綿・繭など。米麦・綿・繭などの余剰を行田【ぎようだ】町へ出荷。明治6年栄新寺を校舎に仮用し下新田学校を開校,上新郷連合村の成立により校舎を上新郷祥雲寺に移し,上新郷学校に統合した。南部は下新郷学区に入る。明治12年北埼玉郡に所属。同22年新郷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7287896
最終更新日:2009-03-01




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