ケータイ辞書JLogosロゴ 下村君(近代)


埼玉県>羽生市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ村君村,昭和30年千代田村,同34年からは羽生市の現行大字。人口は明治22年920・昭和45年747。鷲宮神社から樋遣川【ひやりがわ】(加須【かぞ】市)御室神社へ御輿をかつぎ,神事「おかえり」が霜月申の日に行われてきたが,明治44年頃廃された。同44年から大正5年にわたって耕地整理,明治44〜45年・昭和33〜34年の2回にわたり,利根川改修工事が行われた。昭和6年永明寺古墳の発掘が行われ,装身具金環1個,鉄鋸・衝角付冑・挂甲・直刀・刀子・鉄鏃などが出土した。明治40年産業組合設立(現農協村君支所)。大正12年電灯点火。昭和34〜37年上村君・下村君・堤の3地区にわたって土地改良事業が実施された。昭和39年有線放送開始。同44年一部を大字上村君・堤・常木・弥勒【みろく】に編入し,大字上村君・堤・弥勒の各一部を編入。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288009
最終更新日:2009-03-01




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