ケータイ辞書JLogosロゴ 下横田村(近世)


埼玉県>小川町

 江戸期〜明治22年の村名。比企【ひき】郡のうち。古くは松山領に属したという。はじめ幕府領,寛永年間からは旗本久松氏の知行。検地は寛文8年。村高は「田園簿」で300石,うち田228石余・畑71石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに300石。村の規模は東西20町・南北約5町。化政期の家数50軒。高札場は村の中央。鎮守は八宮【やきゆう】明神社,寺院は曹洞宗養昌寺。小名は新井前・をね・経塚。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数50・人口243,馬18。物産は繭・米・コウゾ・生絹など。明治12年比企郡に所属。同22年八和田【やわた】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288028
最終更新日:2009-03-01




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