ケータイ辞書JLogosロゴ 白石村(近世)


埼玉県>東秩父村

 江戸期〜明治22年の村名。秩父郡のうち。古くは恒持【つねもち】荘玉川領大河原【おおかわら】郷に属したという。幕府領。検地は寛文8年,新田検地は享保17年。村高は「田園簿」で22石余,すべて畑。ほかに紙舟役125文。「元禄郷帳」95石余で,以後変わらず。村の規模は東西15町余・南北18町弱。化政期の家数41軒。しばしば日損を受けた。民業は炭焼きが主で,ほかにウド・蕨・川魚などをとり,楮皮を生産の資とした。村内に奥沢村・御堂村との入会の秣場,御林山13か所があった。鎮守は笠山権現社,神社はほかに大日社・稲荷社・神名社など。寺院は曹洞宗長慶寺。高札場は村の中央の小名近平。小名は細山・丸塚・荒屋鋪・猪捕場・猪鼻・経塚など。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数40・人口185,馬20,水車1。物産は山鳥・鶏卵・繭・樫炭・雑炭など。明治11年公立小学校開設。同12年秩父郡に所属。同22年槻川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288137
最終更新日:2009-03-01




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