ケータイ辞書JLogosロゴ 須賀村(近世)


埼玉県>吉川市

 江戸期〜明治22年の村名。葛飾【かつしか】郡二郷半領のうち。古くは下河辺【しもこうべ】荘に属したという。幕府領。村高は「田園簿」では136石余で,すべて畑,「元禄郷帳」では200石余で,以後変わらず。村の規模は,東西6町余・南北5町余。化政期の家数31軒。用水は葛西【かさい】用水を利用。鎮守は香取社。神社はほかに水神社・鷲明神社。寺院は新義真言宗弥勒院。ほかに阿弥陀堂・千日堂。高札場は村の中央,小名には宇津川通・中割通・久保通などがある。旧家は吉兵衛家で山崎氏を称し,嘉吉2年銘の石火打箱を蔵するという。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数36・人口196,馬2,荷船3・川下小船1・耕作船12・水害予備船5。物産は大麦・小麦・大豆。明治12年北葛飾郡に所属。同22年吉川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288215
最終更新日:2009-03-01




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