ケータイ辞書JLogosロゴ 須影村(近世)


埼玉県>羽生市

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡羽生【はにう】領のうち。古くは太田荘に属したという。慶長6年5月17日の桑原九兵衛ほか2名の連署書状に,「須影郷」と見え,江戸初期は郷名でもよばれていたことがわかる(伊藤文書)。はじめ羽生藩領,慶長年間から幕府領,寛文元年甲府藩領,宝永元年再び幕府領,同6年旗本藤枝氏知行,寛政2年からは陸奥【むつ】泉藩領。検地は承応3年。村高は「田園簿」851石余,「元禄郷帳」697石余,「天保郷帳」721石余,「旧高旧領」719石余。村の規模は東西14,5町・南北6町。用水は北河原用水を上手子林村より引いて使用。小名に渡川があり,会ノ川の渡船場の跡という。鎮守は八幡社で,慶安2年社領19石5斗を拝領。寺院は八幡社別当の新義真言宗月光山蓮華寺・同恵日山東曜寺,善生院など。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数123・人口654,馬17。物産は米・麦・大豆・小豆・ソバ・青縞。明治5年蓮華寺は廃寺。明治12年北埼玉郡に所属。同22年須影村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288217
最終更新日:2009-03-01




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