ケータイ辞書JLogosロゴ 只沢村(中世)


埼玉県>花園町

戦国期に見える郷村名榛沢【はんざわ】郡荒川郷のうち多多沢・多田沢とも書く県北部の荒川上流の左岸段丘上に天正年間から開発された村で,天正16年8月15日の北条氏邦の「荒川郷検地書立」に「荒川・多田沢両村」とあるしかし天正5年5月20日の北条氏邦印判状に「同所(荒川郷)之内,たたさは」として荒川衆の一族持田主計助以下5人の軍役が定められており,この時期すでに独立した集落として成立していたものと思われるまた天正12年3月23日の北条氏邦印判状では「只沢百姓中」に宛てて新田開発を奨励している本文書では近辺の荒地を開発したものには知行を与え,開発を行わない者は重科に処すべき旨を命じているなお天正15年6月10日の印判状では「荒川・多多沢」として荒川とは区別されており,天正16年の検地では当村が立村していたものとみられるしかしその後江戸期には村名としては見えず,「新編武蔵」によれば,只沢は荒川村の小名となっている現在も只沢は花園町大字荒川の小字として現存(新編武蔵)→荒川 擇△蕕わ】
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288577
最終更新日:2009-03-01




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