ケータイ辞書JLogosロゴ 附嶋村(近世)


埼玉県>さいたま市

江戸期〜明治9年の村名県南東部,芝川流域の大宮台地上に位置する足立【あだち】郡三沼【みぬま】領のうちもとは合野谷【あいのや】村のうちで,正保年間以前に分村したと推定(新編武蔵)幕府領検地は元禄10年(岡村文書)村高は「田園簿」で52石余,すべて畑,「元禄郷帳」では54石余で,以後変わらず村の規模は東西・南北ともに3町余民家はなく,大間木【おおまぎ】村の村民7人が当地の田地を所持したという用水は見沼代用水路西縁を使用名主は大間木村名主岡村家が兼帯紀伊徳川家の御鷹場支配を受けた明治4年埼玉県に所属同9年大間木村に合併現在の浦和市大字大間木のうち
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288694
最終更新日:2009-03-01




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