ケータイ辞書JLogosロゴ 堤村(近世)


埼玉県>羽生市

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡羽生【はにう】領のうち。古くは太田荘葛浜郷に属したという。寛永13年9月銘の延命寺銅鐘に「埼東郡羽生北方堤村」と見える。はじめ幕府領,宝永2年旗本富田・藤枝氏の相給。天明5年藤枝氏知行は再び幕府領,寛政2年からは陸奥【むつ】泉藩領。検地は承応3年。村高は「田園簿」では498石余,「元禄郷帳」では519石余で,幕末まで変わらず。村の規模は東西8町・南北4町。高札場は北と西。利根川端に延命寺渡しという河岸場がある。しばしば水害に見舞われ,寛政3年8月7日の被害は死者4・流失家屋20,延命寺の床上浸水2,3尺(観乗院記録)。鎮守は千方神社,神社はほかに稲荷社など3社。寺院は応永年間の創建と伝える新義真言宗不老山延命寺で,慶安元年寺領15石を拝領。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数77・人口420,馬19,渡船1。物産は米・麦・大豆・小豆・ソバ・無地紺縞・木綿白綿・木綿縞など,余剰は加須【かぞ】・羽生両町に出荷。同12年北埼玉郡に所属。同22年村君村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7288730
最終更新日:2009-03-01




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