ケータイ辞書JLogosロゴ 西粂原村(近世)


埼玉県>宮代町

 江戸期〜明治22年の村名。埼玉郡百間【もんま】領のうち。化政期頃に久米原村のうちで,一橋家領分を西久米原村,下総佐倉藩領,旗本渥美・細井氏の相給分を東久米原村と私称し,幕末に至って分村した。検地は分村前の元禄3年。村高は「旧高旧領」で475石余,鎮守は鷲明神社。寺院は曹洞宗慈眼山宝光寺。明治4年埼玉県に所属。同9年の戸数97・人口533,馬32。物産は米を岩槻【いわつき】町,大麦は足立郡原市町(現上尾【あげお】市),小麦は杉戸宿へ出荷。同12年南埼玉郡に所属,同22年須賀村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7289305
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ