ケータイ辞書JLogosロゴ 野巻村(近世)


埼玉県>皆野町

 江戸期〜明治22年の村名。秩父【ちちぶ】郡のうち。古くは白鳥【しらとり】荘に属したという。はじめ幕府領,延宝元年旗本小浜氏の知行,貞享2年再び幕府領,天明3年下総関宿【せきやど】藩領,同7年からは幕府領。検地は慶安5年。文禄3年5月20日の御坪入帳には秩父郡之内野巻村と見え,また慶長3年6月1日の検地帳も現存(逸見文書)。村高は「田園簿」で88石余,「元禄郷帳」153石余,「天保郷帳」154石余。村の規模は東西約20町・南北約18町。化政期の家数97軒。畑のみ。民業は男は薪採,女は養蚕・絹・横麻・太織・木綿縞織など。産物は絹・タバコ・大豆・干柿など。村の北部に4町余の秣場があった。神社は椋宮明神・天満社・金山社など。寺院は新義真言宗薬王寺・当山派修験福泉院。旧家・名主は鉢形【はちがた】北条氏の家臣の後裔で逸見姓の四郎兵衛。高札場は村の西部。小名は鍛冶屋・鬼方・膝附など。明治初年薬王寺に公立小学校開設,同9年の生徒数110。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数90・人口427,馬25。同12年秩父郡に所属。同22年国神【くにかみ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7289472
最終更新日:2009-03-01




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