ケータイ辞書JLogosロゴ 榛沢新田村(近世)


埼玉県>岡部町

 江戸期〜明治22年の村名。榛沢郡のうち。古くは大寄郷藤田荘,または藤岡領に属したという。はじめ幕府領,万治2年旗本加藤・花井2氏の相給と幕府領,天保7年から幕府領は忍【おし】藩領となる。検地は万治2年。村高は「田園簿」で129石余,うち田14石余・畑115石余。「元禄郷帳」「天保郷帳」とも176石余,「旧高旧領」では376石余と増加。村の規模は野辺村と合わせて東西8町・南北15町。化政期の家数75軒。鎮守は慶長11年勧進の聖天社,ほかに神社は3社。寺院は新義真言宗正受山永楽寺。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数102・人口441,馬40。飛地が山崎村・岡村・後榛沢【うしろはんざわ】村のうちに各1か所。公立小学校は永楽寺を仮用した志戸川学校,生徒数60。物産は米・麦・大豆・小豆・アワ・小麦粉・生糸・太織・繭など。同12年榛沢郡に所属。同22年榛沢村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7289676
最終更新日:2009-03-01




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