ケータイ辞書JLogosロゴ 日影村(近世)


埼玉県>玉川村

 江戸期〜明治22年の村名。比企【ひき】郡のうち。慶長15年8月21日の御地詰帳には「武州松山之領日影」とある(堀口文書)。はじめ幕府領,明和元年清水家領,寛政8年からは幕府領。検地は寛文8年・明和元年。村高は「田園簿」で213石余,うち田103石余・畑109石余,ほかに紙舟役永3貫900文。「元禄郷帳」261石余,「天保郷帳」241石余,「旧高旧領」では233石余,ほかに観音堂領・東光寺領・長勝寺領・泉蔵寺領・愛宕社領・志賀社領・天満社領・御霊社領など合わせて11石余。なお東光寺は天正19年徳川家康より寺領3石を寄進され,真光寺は慶安2年観音堂領として朱印5石余を拝領。村の規模は東西・南北とも20町余。化政期の家数90軒。紙漉34軒があり,人口424人(横川文書)。文政10年の組合村構成では玉川寄場組合に所属。鎮守は御霊社,神社はほかに3社。寺院は日蓮宗東光寺・曹洞宗真光寺・新義真言宗長勝寺・天台宗大泉寺・同泉蔵寺。明治9年埼玉県に所属。同年の戸数94・人口507,馬27。物産は生糸・生絹・生太織・細川紙・蚕卵原紙・半紙・大和紙・障子紙・半切紙・麁紙・炭。民業は主に農業・紙漉。同12年比企郡に所属。同22年玉川村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7289706
最終更新日:2009-03-01




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