ケータイ辞書JLogosロゴ 三室郷(中世)


埼玉県>さいたま市

 室町期〜戦国期に見える地名。足立【あだち】郡のうち。初見は氷川女体神社所蔵の大般若波羅蜜多経(建武年間頃写経)で,「御室大明神」「御室女体御経」などと見える。郷名としては大永4年8月26日の北条氏綱制札に「三室之郷」とあり,軍勢甲乙人等の濫妨狼藉を停止している(氷川女体神社文書/浦和市史)。吉祥寺(現さいたま市中尾)が本寺中院(現川越市仙波)に背いた一件にかかわる永禄10〜11年頃の文書に「三室之吉祥寺」「三室吉祥寺」と見える(川越市中院所蔵文書/浦和市史)。吉祥寺は三室に隣接する中尾郷内にあり,このあたり一帯を三室と称したのであろうか。元亀3年10月21日の北条家印判状では北条氏政が氷川女体神社に社領を安堵し,竹木の濫伐を禁じている(氷川女体神社文書)。天正19年11月日の徳川家康社領寄進状(同前)にも「三室郷」と見える。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7290522
最終更新日:2009-03-01




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