ケータイ辞書JLogosロゴ 鷲宮(中世)


埼玉県>鷲宮町

 戦国期に見える地名。埼玉郡太田荘のうち。鷲宮神社の初見は鎌倉期までさかのぼるが,地名としては,永禄8年から天正10年の間と推定される3月5日の小田原北条家印判状で,鷲宮神社の竹木の伐採を禁ずる旨を「神主殿 鷲宮在城衆中」に命じており,地内に小田原北条氏の砦が築かれ,鷲宮神社の警固にあたったものと思われる。なお天正17年8月7日の太田氏房印判状は,「従岩付鷲宮迄」1日に3駄ずつの兵粮の運搬を命じており,小田原北条氏にとって当地は重要な位置を占めたとみられる。翌天正18年6月5日の小田原北条家印判状には,「鷲宮神領」のうち「五拾貫文 鷲宮之内川口」と見える。徳川氏関東入国後は,天正19年11月に家康によって,「武蔵国太田庄鷲宮内四百石」が鷲宮神社に寄進され,以後,幕府の厚い保護を得た。なお治承4年12月の伝源頼朝寄進状写には,「武蔵国笠原」の「鷲宮御厨」の名が見えるが,本文書は検討を要する(鷲宮神社文書/武文)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7290997
最終更新日:2009-03-01




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