ケータイ辞書JLogosロゴ 相野谷村(近世)


千葉県>富津市

 江戸期〜明治22年の村名。上総国天羽郡のうち。「上総国村高帳」では幕府・旗本大久保2氏・一色氏の相給,文化年間には佐貫藩領(君津郡誌),「旧高旧領」では幕府・旗本明楽氏・一色氏・大久保氏の相給。村高は,文禄3年「石高覚帳」760石,「元禄郷帳」760石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに764石余。「上総国村高帳」では家数67。文化8年の書上帳によれば,農間余業なく,皆農業渡世,郷蔵1,馬16であった(高橋家文書/県史料上総)。幕末には熊沢書平・小佐原紋左衛門・鈴木平右衛門・妙常寺住職が寺子屋を開いていた(県教育史巻1)。明治6年千葉県に所属。神社は八幡神社,寺院は真言宗満蔵寺・相源寺,日蓮宗本願寺・妙常寺(上総国町村誌)。同6年相野谷学校設立。同8年の教員数1,生徒数男50・女3(文部省第3年報)。同18年の反別99町余(上総国町村誌)。明治22年吉野村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291039
最終更新日:2009-03-01




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