ケータイ辞書JLogosロゴ 青木村(近世)


千葉県>富津市

 江戸期〜明治22年の村名。上総国周淮【すす】郡のうち。はじめ幕府領,寛文6年からは飯野藩領。村高は,文禄3年「石高覚帳」327石,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに327石余。「上総国村高帳」では家数110。宝暦6年の明細帳によれば,家数109・人数626,猟船13・五大力船6・押送船7,砂場旱損の地で田畑ともに収穫少なく,農間余業は男女とも磯でアサリ・シオフキ貝の採集,女は木綿布織・摘草であった(高橋家文書/県史料上総)。文久4年には,夜盗・押込などの悪党に対処するため,村番警固について話し合いがなされた(小組七ケ村議定書/小沢家文書)。幕末には浄信寺で寺子屋を開いていた。明治6年千葉県に所属。寺院は浄土宗春嶽院・浄信寺。同7年青木学校設立。同8年の教員数1,生徒数男32・女3(文部省第3年報)。同18年の反別88町1反余(上総国町村誌)。明治22年青堀村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291055
最終更新日:2009-03-01




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