ケータイ辞書JLogosロゴ 粟野村(近世)


千葉県>鎌ケ谷市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国葛飾郡のうち。小金領(東葛飾郡誌),あるいは南相馬領に属すという(粟野文書/続鎌ケ谷町の史料)。元和2年から旗本本多氏領,元禄元年から舟戸藩領,同16年から沼田藩領,享保15年から田中藩領,なお,いずれも藩主は本多氏。村高は,「元禄郷帳」82石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに91石余。小金牧のうち中野牧野付村の1つ。寛文5年幕府鷹狩場として下総18か村を選定,そのうちの1村となる。将軍の鹿狩などにも勢子人足を負担している。寛保3年より水戸街道小金宿の助郷村(東葛飾郡誌)。神社は八坂大神。明治6年千葉県に所属。同11年東葛飾郡に編入。明治5年の戸口38・227。明治22年鎌ケ谷村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291274
最終更新日:2009-03-01




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