ケータイ辞書JLogosロゴ 安東郷(中世)


千葉県>館山市

 南北朝期から見える郷名。安房国安房郡のうち。文和2年5月16日の足利尊氏下文に「安房国小共田保〈但馬六郎入道跡〉,同国安東内鴻栖村〈得河四郎入道跡〉」とあるのが初見で,佐々木三郎衛門尉長綱に上総国前弘郷の替地として当地内鴻栖村などが充行われている(野田文書/大日料6-18)。室町初期には当郷内の一部が鎌倉の極楽寺領となっており,応永30年12月8日の鎌倉公方足利持氏御教書では,「安東郷内朴谷村〈安東又三郎跡〉」の下地を極楽寺に付け渡すよう命じている(極楽寺文書/県史料県外)。戦国末期の辛卯(天正19年)7月25日付里見義康社領充行状では,当地内の明神免15貫代が手力雄大明神に与えられている(手力雄神社文書/県史料諸家)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291287
最終更新日:2009-03-01




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