ケータイ辞書JLogosロゴ 飯倉村(近世)


千葉県>八日市場市

 江戸期〜明治22年の村名。匝瑳郡のうち。延宝年間「東金御鷹場旧記」および「各村級分」「旧高旧領」ではすべて旗本池田氏領。村高は,「東金御鷹場旧記」811石,「元禄郷帳」1,015石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,086石余。弘化2年の家数123(関東取締出役控帳/匝瑳郡誌)。飯倉新田は江戸初期に開発され,元禄5年飯倉新田村となり翌年屋敷割される(修善院開山碑)。明治8年千葉県に所属。明治4年岩村成績が家塾を開設,同6年飯倉小学校となり,同17年本校から分離して田久保に日新小学校,米倉に米倉小学校設置。神社は三社大神・稲生神社(稲荷大明神),寺院は真言宗千手院,廃寺として同宗来迎寺・修善院・不動院・福寿院(匝瑳郡誌)。明治22年豊栄村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291299
最終更新日:2009-03-01




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