ケータイ辞書JLogosロゴ 泉川村(近世)


千葉県>旭市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国匝瑳郡のうち。中央部に横芝から銚子を結ぶ街道(銚子街道)が通り,この街道を中心に集落を形成。寛文10年幕府領,貞享2年からは旗本高力氏領。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに468石余。村内は田迎組と内裏組に分けられ,各々名主が配置された。用水は字稲荷後にあった溜池を利用したが,旱損が多発。鷹場(御捉飼場)でもあった。寛政5年の家数71。文久2年の家数63。安政3年の農間余業者25(居酒屋5・出商い3・飴菓子2・大工2・質屋1など)。神社は内裏神社・稲生神社・蔵王権現など。寺院は真言宗遍照院・慈眼院・了性院・福寿院・文珠院(すべて廃寺)など。祭礼には33年に1度行われる内裏神社のお浜おりがある。また1月10日・10月10日に金毘羅講があり,10月10日には樽を念仏川に流すオタルナガシがある。明治8年千葉県に所属。同11年井戸野小学校分校が石橋宅を仮校舎として設置,同15年本校に統合され和進小学校となる。明治22年豊畑村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291425
最終更新日:2009-03-01




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