ケータイ辞書JLogosロゴ 市井原村(近世)


千葉県>鋸南町

 江戸期〜明治22年の村名。安房国北郡,のち平【へい】郡のうち。はじめ里見氏領,元和元年幕府領,のち佐貫藩領,勝山藩領を経て,寛文8年幕府領,のち前橋藩領を経て,天明年間には幕府・旗本小笠原氏の相給,さらに白河藩領,忍藩領,会津藩領を経て明治元年頃は前橋藩領となる。村高は,慶長15年「里見家分限帳」215石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに218石余。「正保高帳」では村高216石余のうち,田85石余・畑130石余。享保5年の家数62・人口252。寛政5年の家数68・人口368,牛61,馬15,堂3,神社1。寛政2年の明細帳によれば稲作のほか大麦・粟・稗・大豆などを栽培,男女ともに農間の稼ぎはなかった。神社は八幡神社。寺院は地蔵院,ほかに弥勒堂・大日堂など。また地内に出羽三山講中塔がある。明治6年千葉県に所属。同5年の戸数68・人口377。寺子屋は名主川名家が受け継いだが,同7年地蔵院を仮用して市井原学校を開設,教員1,生徒数は男19・女8。明治22年保田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291463
最終更新日:2009-03-01




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