ケータイ辞書JLogosロゴ 井戸野村(近世)


千葉県>旭市

 江戸期〜明治22年の村名。下総国匝瑳【そうさ】郡のうち。寛永年間頃旗本小林氏・夏目氏・押田氏・小長谷氏の相給,寛文10年幕府領,寛延3年佐倉藩預所,宝暦11年幕府領を経て,文化9年からは旗本天野氏・上原氏・山崎氏の相給。村高は,「元禄郷帳」1,318石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,385石余。慶安2年延寿寺に20石余の朱印地が安堵されている。徳川家康から柑子の栽培を命ぜられた。村内を4組に区分,新川・高橋川は椿新田の排水を目的としていたため旱・水害が多発。鷹場(御捉飼場)にも指定されている。寛政2年医師大木海居が私塾温知堂を開く。万延元年その子貞甫がこれを継ぎ,井戸野学舎と改称して明治9年まで教育にあたった。天保9年の家数237・人数1,115。神社は熊野神社・妙見社・稲荷社,寺院は真言宗延寿寺・阿弥陀院など。字中里にあるあせかき地蔵は事件の予告をするとして信仰されている。ほかに安産の御利益があるとされる阿弥陀さまも字中里にある。9月24日には熊野神社の境内であたご相撲が行われた。明治8年千葉県に所属。同9年延寿寺に井戸野小学校開校,同15年2分校を合併和進小学校となる。明治22年豊畑村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291537
最終更新日:2009-03-01




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