ケータイ辞書JLogosロゴ 稲村(近世)


千葉県>館山市

 江戸期〜明治22年の村名。安房国山下【やまもと】郡,のち安房郡のうち。はじめ里見氏領,元和元年幕府領,のち「正保高帳」では北条藩領,「房陽郡郷考」では忍藩領,「旧高旧領」では前橋藩領。村高は,慶長15年「里見家分限帳」460石余,「元禄郷帳」277石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに276石余。「正保高帳」では村高274石余のうち,田180石余・畑93石余。正徳元年北条藩領の当村ほか26か村は百姓一揆万石騒動を起こした。天保年間頃の家数42(石井家文書/県史料安房)。鎮守は貴船神社,寺院は臨済宗玉竜院・浄土宗稲村院。幕末玉竜院の住職鎮譲東堂が寺子屋を開いていた。明治6年千葉県に所属。同7年加戸村を合併。明治22年館野村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291546
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ