ケータイ辞書JLogosロゴ 不入斗村(近世)


千葉県>富津市

 江戸期〜明治8年の村名。上総国天羽郡のうち。はじめ佐貫藩領,正保3年幕府領,「上総国村高帳」では旗本山下氏領,その後幕府領を経て,「旧高旧領」では前橋藩領。村高は,文禄3年「石高覚帳」448石,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに448石余。「上総国村高帳」では家数89。寛政5年の人数454(椙山家文書/富津市史史料集1)。文政11年梨沢村と秣場争論を起こした(長崎区有文書/同前)。幕末には東鏡範・宮崎義政・進藤佐吉が寺子屋を開いていた(県教育史巻1)。明治6年千葉県に所属。神社は六所神社。寺院は真言宗正雲寺・円浄院・教楽院,浄土宗泉水寺。明治6年不入斗学校設立。同8年の教員数1,生徒数男48・女15(文部省第3年報)。明治8年一川村の一部となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7291642
最終更新日:2009-03-01




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