ケータイ辞書JLogosロゴ 大崩村(近世)


千葉県>鋸南町

 江戸期〜明治22年の村名。安房国平【へい】郡のうち。江戸初期に佐久間中村から分村して成立。寛永10年奥山村を分村。はじめ幕府領,のち勝山藩領,佐倉藩領を経て前橋藩領となり文化8年白河藩領,天保14年忍藩領,弘化4年会津藩領,嘉永7年前橋藩領となる。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに277石余。「正保高帳」では村高275石余のうち,田136石余・畑138石余。享保4年の差出帳では家数62(本百姓60・水呑2),ほかに寺1。同年の人口277,ほかに出家1,道心2,嘉永3年では435人。高梨安節は天保14年27歳で長崎に遊学,蘭方を学び幕府医学所より種痘の免状を受け,帰郷して開業。神社は天形星尊(明治2年八雲神社と改称)。寺院は同社の別当寺真言宗満蔵寺。明治6年千葉県に所属。同5年の戸数76,ほかに社1・寺1,人口468。同7年寺子屋であった満蔵寺を仮用して大崩学校を開設,教師1,生徒数は男26・女15。同21年には麦・粟・稗・大豆などに加えて,煙草の栽培も始まった。明治22年佐久間村の大字ニとなる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292006
最終更新日:2009-03-01




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