ケータイ辞書JLogosロゴ 小川台村(近世)


千葉県>光町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国匝瑳【そうさ】郡のうち。延宝年間「東金御鷹場旧記」では村高574石,旗本稲垣氏・宮城氏の相給。なお,「匝瑳郡誌」によれば,元和年中より佐倉藩領,寛永8年より幕府領,元禄11年からは生実【おゆみ】藩・旗本荒木氏の相給となると見える。「各村級分」「旧高旧領」ではともに生実藩・旗本荒木氏の相給。村高は,「元禄郷帳」602石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに456石余。寛永8年に検地が行われた(区有文書)。弘化2年の家数59(関東取締出役控帳/匝瑳郡誌)。明治8年千葉県に所属。神社は大国神社(黒目大明神),寺院はもと真言宗光明寺・宝蔵寺・医王寺等を合併した同宗隆台寺がある(匝瑳郡誌)。明治8年光明院に小田部小学校を開校,同11年同校は小田部村西蓮寺に移転。蚕業が盛んであった。明治22年南条村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7292304
最終更新日:2009-03-01




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